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和歌、茶の湯の嗜み

2013年4月 8日 |

cha.JPG和歌、茶の湯の嗜み


戦国時代の教養として重視されていたのが、"和歌""連歌"と"茶の湯"でした。官兵衛はその両方を愛でた文化人としても知られています。


"連歌"とは鎌倉時代に生まれた和歌で、複数の作者により上の句(5・7・5)と下の句(7・7)を作り上げる和歌の連作で、相手の詠んだ句に関連させて詠むものです。主に戦の前に神社などで奉納を兼ねて仲間うちの連帯感を高めるために行われていました。
官兵衛の母は関白近衛家に歌道を伝授していた家柄で、官兵衛も幼少より母の影響を受けて連歌に親しんでいたと思われており、とりわけ14歳で母を亡くしてからは亡き母を忍んでか文学に没頭したと言われています。


お茶は1191年に滋養品として日本に入ってきましたが、"茶の湯"に関しては情報交換の手段として成立していきました。今でも打ち合わせでカフェを利用することがありますよね。
官兵衛は武士のたしなみとしての茶の湯に理解を示していませんでしたが、小田原攻めの際に秀吉から茶の湯に招かれて渋々茶室に入ったことにより、それまで抱いていた茶の湯への考え方を一変させます。以後、千利休に導かれ『茶湯定書』を掲げて茶室を建ててしまうほど茶の湯に魅せられたのでした。


【黒田如水茶湯定書】
一、茶を挽くときには、いかにも静かに廻し、油断なく滞らぬように挽くべきこと
一、茶碗以下の茶道具には、垢がつかないように度々洗っておくこと
一、茶の湯をひと柄杓汲み取ったときには、水をひと柄杓差し加えておくこと、決して使い捨てや飲み捨てにしてはならない


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