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2013年 山笠レポート

2013年7月15日 |

7月1日から行われていた博多祇園山笠ですが、本日早朝、遂にクライマックス"追い山"を迎えました!


博多祇園山笠は博多の総鎮守である櫛田神社に奉納されるお祭りで、1241年に博多で疫病が流行した際、承天寺の開祖が町民に担がれた木製の施餓鬼棚に乗って水を撒きながら町を清めてまわり、疫病退散を祈祷したことを発祥とするのが通説とされています。


安土桃山時代に突入し、貿易基地として繁栄していた博多は様々な争いに巻き込まれて焼野原となりますが、1587年に豊臣秀吉の命を受けた黒田官兵衛らによる"町割り"によって整備され、その時に設定された"流(ながれ)"と呼ばれる七つの区画区分(七流)が現在の山笠のチームになっています。


IMG_2626.JPG早朝の追い山に備えて、まずは午前0時を過ぎたところでカロリー摂取です。屋台でラーメンというベッタベタなコースです。


IMG_2628.JPG午前2時頃、流ごとに櫛田神社に参拝をします。この時は勿論一般の方も一緒にお参りできますよ!


追い山スタートを見物しようと集まった大勢の人たちでの、おしくらまんじゅう状態での待ち時間はなかなかきついです...。熱中症への注意を呼びかける放送が何度も流れていました。


午前4時59分、追い山スタートです!


IMG_2637.JPG
IMG_2638.JPG早いー!!


というのも、スタートしてすぐ"櫛田入り"し、櫛田神社の境内にある"清道"と呼ばれる旗をぐるっと一周廻るスピードを流毎に競う習わしがあるからです。もともと山笠は歩いて行われていましたが、流どうしのちょっとした意地の張り合いからいつの間にか派手にタイムを競い合うようになったのだそうです。


IMG_2661.JPGこちらは街中にある"清道"をまわっているところです。
電線の普及からそれまでの10数メートルの高さの山が街中を廻ることが困難になり、明治31年に従来の高さの山と別に3メートルほどの"舁き山"と呼ばれる電線対応の山を走らせることにして、従来の高さのものは"飾り山"として7月1日から14日まで福博の街に飾られることになりました。


しかし、中でも中洲流の飾り山だけは例外として毎年街中を走ります。今年の飾り山は黒田官兵衛!


IMG_2662.JPGそして後ろ面の"見送り"は長政です。
因みにこの清道は、櫛田神社の神護寺で黒田家の菩提寺でもある東長寺の真ん前に位置します。東長寺には、2代藩主・忠之、3代藩主・光之、8代藩主・治高が埋葬されています。


もう一か所、山笠発祥の寺である承天寺の前の清道をまわり、合計約5キロの道のりを走り切って各流の詰所に帰り着いたところで、盛大に"祝いめでた"と呼ばれるお祝いの唄を歌います。
そして、歌い終わったらこれまた派手に山を崩します。豪勢な山があっという間になくなってしまう様は隠れた見どころかも知れません...!


※祝いめでたの大合唱と山崩しの様子はこちらからご覧になれます。
(動画をUPできませんでした...。)


地方都市として今のように発展、存在感を示している福博の街ですが、1241年から772年来、このように住民たちの自治による行事が廃れることなく、むしろ勢いを増して脈々と受け継がれていることに感慨深さを感じると同時に、博多には1179年から834年続く博多どんたくのベースである『博多松囃子』もあることですし、福岡といえばどうしても食べ物やショッピングというイメージが先行しますが、「歴史もあるんだぞ!」ということをこれからもっともっと認知してもらえたらいいなぁ、と思いました。


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